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大阪地方裁判所 昭和28年(行)21号 判決

原告 東陽製本株式会社破産管財人 白井正実

被告 大阪福島税務署長

訴訟代理人 杉本良吉 外四名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二四年八月東陽製本印刷株式会社に対し昭和二二年一二月一日より翌二三年一一月三〇日に至る事業年度分法入税についてした、所得金額を一、一四六、八六四円とする決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。

「東陽製本印刷株式会社(本件会社)は、資本金一九五、〇〇〇円、印刷及び製本を目的とする株式会社で、昭和二五年一月二三日大阪地方裁判所において破産の宣告を受け原告はその破産管財人に選任せられたものであるが、昭和二二年一二月一日より翌二三年一一月三〇日に至る事業年度(本件事業年度)分法人税につき、所得の申告をしなかつたところ、昭和二四年八月被告から課税標準たる所得金額を一、一四六、八六四円とする旨の決定通知を受けたので、同年九月一三日被告を経由して大阪国税局長に審査の請求をしたが、右国税局長は昭和二八年二月七日附で審査の請求を棄却し、右通知は同月一七日原告に送達された。しかし本件会社は、右事業年度において大欠損を生じ、その所得はむしろマイナスであるのにかかわらず、被告は不当に過大な所得を認定したものであるから、右決定は違法である。しかのみならず元来法人税の課税標準たる各事業年度の普通所得とは、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額をいうのであるから、所定期間内に所得の申告をしない場合、見込によつて所得を推算することはやむをえないが、本件会社が右申告をしなかつたのは、当時刑事々件(いわゆる日発事件)の嫌疑により会社の代表取締役佐藤正はじめ幹部が拘禁され、会社の帳簿書類も検察庁に押収されていたためであつて、審査の請求をするに当つては、右押収中の書類に基き正確な決算書を作成して提出したのであるから、被告及び大阪国税局長は右決算書の当否を審査して課税の当否を決定すべきであり、相当な理由がない限り見込による原処分をそのまま維持することは税法上許されないところであつて違法である。仍つて右原処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ。」

なお被告の答弁に対し原告は本案前の主張に対しては、大阪国税局長は、原処分に対する審査の請求を棄却したのであるから、原処分はなお存在すると解すべきであつて、原告は原処分の取消を求める利益があるものであると述べ、また本案についての被告の主張をすべて争い、次の通り述べた。

「印刷、製本のごとき千差万別の業態に対し権衡調査により所得を算出することは至難のことであり、効率調査による所得認定の方法は一年限りで廃止されている。殊に本件所得金額の推算では、被告は流動指数、無形指数及び製本業収入について確たる根拠なくして案出したものである。のみならず右推算は、本件会社が印刷及び製本のみを営むものとしてその前提のもとに計算しているが、本件事業年度においては、同会社は従前から営んでいた印刷、製本の業績が芳ばしくなかつたところへ、唯一の得意先である日本発送電株式会社(日発)が近く解散することが予見されたので、業態切換えの必要が生じ、従業員の増員、機械の新規購入をして出版をはじめ、昭和二三年一〇月頃「小型自動車運転教科書」を発行し、右事業年度の終り頃には雑誌「陽炎」の出版に着手したが、右「小型自動車運転教科書」は一冊も売れず、本件課税による法人税のため被告税務署により差押競売されたために、損失を生じており、右推算はこの出版による損失を無視している。本件会社は本事業年度において帳簿(甲第五号証)に基き作成した前掲決算書(甲第二号証)の損益計算の通り、売上金七、九九三、八五三円三〇銭、営業費八、〇一三、五一七円三七銭で差引一九、六六四円〇七銭の欠損を生じたもので、右帳簿の記載内容は真実であり、同会社が日発の専属工場として本件事業年度中日発以外に製品を売却したことがないから、右帳簿はすべて日発の受入数とも吻合する筈である。本件会社は、大久保外六名からの高利の借入金三一〇、〇〇〇円と日発からの前受金三、七〇七、六〇七円とにより漸く営業を継続し、従業員には相当高い給料を支払いながら一個月七〇〇、〇〇〇円前後の売上高では被告が認定するような利益金を生ずる筈がなく、その後本件会社が破産したのも、その原因は本件事業年度の事業不振に端を発し雑誌「陽炎」の出版による損失によるのであるから、本件課税標準の決定が不当に過大であり違法であることは明らかである。」

被告措定代理人は、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として述べたところは次の通りである。

「昭和二五年三月三一日以前の通知に係る課税標準の決定に対する異議の申立及び訴訟に関しては、昭和二五年法律第二七号法人税法の一部を改正する法律(改正法人税法)第三四条から第三八条までの規定は適用されず(同法附則第八項)、従つて右決定に対する審査に関しては従前の例によるべきであり、改正前の法人税法第三七条による審査決定は原処分に代る新たな処分であり、審査決定があつたときは原処分は当然効力を失うものと解すべきである。被告大阪福島税務署長のなした本件課税標準たる所得金額の決定は、昭和二四年八月中に本件会社に通知され、その後右決定に対し審査の請求があつたので、大阪国税局長はこれを棄却する旨の審査決定をして、昭和二八年二月一七日原告に通知したのである。依つて被告のした本件所得金額の決定は、右審査決定により当然失効するに至つたもので、既に失効した原処分の取消を求める原告の本訴請求は訴の利益を欠くものである。」

また被告は本案につき主文と同趣旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

「東陽製本印刷株式会社が原告主張の如き資本金並に目的の会社であり、その主張の通り帳簿書類が押収せられたこと、その主張の通り破産宣告を受け原告が破産管財人に選任せられたこと及び同会社に対する昭和二二年一二月一日より翌二三年一一月三〇日に至る事業年度分法人税に関して、原告主張の如き所得金額決定、その通知、審査請求、これに対する決定並にその通知のあつた事実はすべて認めるが、被告のなした本件所得金額の決定には違法の点はない。

即ち、本件会社は、右事業年度分の法人税について所得の申告をせず、被告が調査した際にも取引の実状を明らかにするための協力をせず且つ右会社の帳簿書類は信頼できないものであつたので、被告は権衡調査によつて所得を推計認定したが、その方法は、大阪国税局において、(イ)標準的業者に対する徹底的実額調査、(ロ)各種官庁、研究団体等の調査資料、(ハ)精通者の意見の三者を検討して設定した基準生産単位当りの諸標準を適用したものであつて、その各標準及びこれを如何に本件会社に適用したかを説明すれば次の通りである。

一、標準企業の基準生産単位当りの諸標準について、

大阪国税局は、印刷、製本業者の組合である大阪府紙二次製品工業会において、印刷、製本業の技術的経済的両面並に事業経営の実際面を詳細に研究した上、更に標準的企業と認められる四法人(平版活版兼業一、平版専業一、活版専業二)につき詳細にわたり徹底的実地調査を行つた結果を検討したところ、印刷会社の売上高に寄与するものは主として従業員の労務の供与と機械の稼動とであるから、従業員及び機械の実質的に生産高、売上高に貢献した能力差ないし稼働率を加味した換算従業員数(基本となる従業員数)及び換算機械台数(基本となる機械台数)を求めるための能力割合を次表の通り設定した。

(1)  従業員の能力割合

工員(販売員を含む)

その他

男 女

男 女

男 女

男 女

男 女

男 女

100 80

80 60

60 45

100 80

80 60

60 45

(甲は熟練者、乙は半熟練者、丙は見習者を指し、熟練者の男子を一〇〇とする。但し、機械一台当りにつき甲乙丙一組となつて働くため分別不明瞭であるが、一応俸給、経験年数により割出す。)

(2)  機械の能力割合

活版

菊、全版

一〇〇

平版

四六、全版

九五

四六、四截

九〇

四六、半截

八五

四六、半截

九〇

四六、四截

八〇

(但し、右表は、活版平版兼業の場合であり、専業の場合は一台当り売上見込高において約二割増とする)

(3)  従業員と機械との組合わせ割合

従業員(換算従業員数)と機械(換算機械台数)とは、相互依存の関係にあつて両者の組合わせにより生産に寄与するものであり、しかも両者が生産高、売上高に寄与する力の割合は、等しくなく一定の比率を保つものであるから、その割合を従業員四〇%機械六〇%であると判定した。

(4)  換算従業員数及び換算機械台数に乗ずべき標準金額

基本となる従業員一人当りの年間売上高(年間売上高を換算従業員数で除した金額)は三五〇、〇〇〇円、基本となる機械一台当りの年間売上高(年間売上高を換算機械台数で除した金額)は、活版一、三〇〇、〇〇〇円、平版二、三〇〇、〇〇〇円と判定した結果、印刷会社の年間売上高は、前者の四〇%即ち一四〇、〇〇〇円に換算従業員数を乗じたものと、後者の六〇%即ち活版は七八〇、〇〇〇円、平版は一、三八〇、〇〇〇円に換算機械台数を乗じたものとの合算額に当るわけであるが、右金額は前記四法人に対する実地調査により捕捉できたものであつて、当時用紙類は政府の厳重な統制下にありながら、一般には闇取引により採算をたてている実情であるため、如何に徹底した調査によるも右実地調査には捕捉洩れがあるとみなければならないので、特に多額の闇取引のあることが判明した場合は別に調整することとし、一般には換算従業員数及び換算機械台数に乗ずべき標準金額を、従業員については活版一一二、〇〇〇円、平版二四〇、〇〇〇円、機械については活版八四〇、〇〇〇円、平版一、五〇〇、〇〇〇円と設定した。

(5)  売上高に対する利益率

活版印刷分は一三%、平版印刷分は一七%、製本分は一〇%と判定した。

以上の諸標準は、大阪市内の印刷製本業を営む一〇八法人に適用したが、これに基いて算出する金額はあくまで標準計算の結果であるから、具体的に課税標準を決定する場合には、法人権衡調査表(乙第一号証の二の二)により同業者の各事項に係る数字を一覧して各法人につき権衡をはかることとした。(前記標準四法人には右実地調査により捕捉した額によつて決定し右(4) の後段の標準金額を適用せず、その代り改正前の法人税法第四三条による追徴税を徴収することにより、一般との権衡をはかつた。)

二、東陽製本印刷株式会社に対する課税標準の算定について

(1)  換算従業員数

右会社の本件事業年度における従業員男女の合計数は、期首二九名、期末四二名であるが、右期間中の従業員の増減異動を加味した平均人員を次表の通り基準生産単位に分別し(I)この平均人員に従業員の能力割合(II)を乗じて換算従業員数(III )を算出した結果、その合計二三、七人となり、これを同会社の操業情況からみて活版印刷に従事するもの二一人、平版印刷に従事するもの二、七人と認定した。

工員(販売員を含む)

その他

合計

甲男

乙男

丙男

丙女

甲男

乙男

丙男

I 期中平均人数

10.5

2.5

1.1

12.4

5.5

2.0

2.0

36.0

II 能力割合

100

80

60

45

60

50

40

III 換算従業員数

10.5

2.0

0.6

5.5

3.3

1.0

0.8

23.7

(2)  換算機械台数

本件会社が本件事業年度末において所有していた主な機械は、次表(I)の通りであるが、そのうち、同年度中に新規購入したもの或いは稼動していないもの(II)があつたから、これを差引いた機械台数(III)に能力割合(IV)を乗じて換算機械台数を算出した結果、その合計は四・二台となり、内、平版は〇・五、活版は三・七である。(但し、平版四六半截は、同会社における稼働情況にかんがみ能力割合を特に一〇〇として、操業情況により指数計算については五割減とした。)

平版

石版

活版

断截機

四六

半截

四六

全版

四六

半截

四六

6頁

菊版

8頁

16頁

24頁

全版

I 期中所有機械台数

3

1

2

2

1

2

2

1

4

II 差引くべき機械台数

2

1

2

0

0

1

2

1

0

III 差引機械台数

1

0

0

2

1

1

0

0

4

IV 能力割合

100

-

-

80

85

95

-

-

10

V 換算機械台数

0.5

-

-

1.6

0.8

0.9

-

-

0.4

4.2{

平版0.5

活版3.7

(3)  標準企業としての売上高

基本となる従業員一人当たり標準金額(活版一一二、〇〇〇円、平版二四〇、〇〇〇円)、基本となる機会一台当たり標準金額(活版八四〇、〇〇〇円、平版一、五〇〇、〇〇〇円)に夫々前記(1) 換算従業員数、(2) 換算機械台数を乗じて一応単純な標準企業としての売上高を推計すると、(但し、原処分は活版分換算機械台数三・七を誤つて三・一として計算したので、以下右計算に従う)

従業員につき

活版分 112,000×21.0 = 2,352,000

平版分 240,000× 2.7 = 648,000

機械につき

活版分  840,000×3.1 = 2,604,000

平版分 1,500,000×0.5 = 750,000

右計算により活版分四、九五六、〇〇〇円、平版分一、三九八、〇〇〇円合計六、三五四、〇〇〇円となる。

(4)  流動指数及び無形指数

本件会社は、日発の使用用紙類を一手に請負つていたため、当時の窮屈な用紙配給事情にもかかわらず、用紙の購入は有利且つ容易であると認め、その仕入情況を調査して、原材料の仕入情況及び製品商品の販売情況の標準企業に対する割合(流動指数)を一〇八%とし、このように有利な経営情況を標準企業と対比した結果、企業経営を全体的にみて有利不利な条件を標準会社と比較した割合(無形指数)を一二〇%として、(3) の標準企業としての売上高を修正して、活版分六、四二二、九七六円、平版分一、八一一、八〇八円、合計八、二三四、七八四円を算出し、これを印刷による売上高と推定した。

(5)  製本による売上高

本件会社は、印刷事業の外に製本事業を行つており、この操業情況を調査したところ印刷事業に対して三〇%程度の収入を挙げていると認め、右印刷による売上高の三割である二、四七〇、四三五円を製本業による売上高と推定した。

(6)  しかし、調査時における同会社の情況を考え、総体に五%を減額するのが相当であると認め、夫々の右推計額の九五%をもつて売上高とした。即ち、

活版分 六、一〇一、八二七円

平版分 一、七二一、二一七円

製本分 二、三四六、九一八円

(7)  利益金額の算定

右の売上高に乗ずる利益率は、前段で述べた通り標準会社にあつては活版一三%、平版一七%、製本一〇%であるが、本件会社は、日発の専属による仕事が大部分であるから、特に右利益率より低い活版分一一%、平版分一四%、製本分一〇%を適用して、利益金額を算出した。

活版分   六七一、二〇三円

平版分   二四〇、九七〇円

製本分   二三四、六九一円

合計  一、一四六、八六四円

右金額は、前記の通り活版分機械台数三・七を三・一として算したものであるから、正しい台数三・七で計算すれば、これより遙かに上廻る金額(一、二三三、七二四円〕となる。従つて右金額より低く一、一四六、八六四円と認定した原処分は正当である。」

〈立証 省略〉

理由

まず本件課税標準の決定(原処分)は大阪国税局長の審査の決定により失効したから、原告は右原処分の取消を求める訴の利益がないとの被告の主張について判断する。被告主張の改正前の法人税法と改正後の法人税法との間に差のあることは正にその通りであるが、改正前の法人税法にあつても国税局長のする審査の決定は納税義務者よりする原処分に対する不服(審査の請求)についての判定の形を採つているのであり、また審査の請求があつても原処分による税金の徴収はこれを猶予しない立前を採つている点等から考え、原処分は、たとえ審査の決定があつても、その審査の決定によつて維推せられている限度においては依然その効力を持つているものと解するのを相当とするので被告の右主張はこれを採用することはできない。

次に本案につき判断すると、本件会社が資本金一九五、〇〇〇円、印刷及び製本を目的とする株式会社であり、昭和二五年一月二三日大阪地方裁判所において破産の宣告をうけ原告がその破産管財人に選任せられたものであること、同会社は本件事業年度分法人税に関し所得の申告をしなかつたので、被告は課税標準たる所得金額を一、一四六、八六四円と決定し、昭和二四年八月同会社に通知をしたこと、同会社は、同年九月一三日被告を経由して大阪国税局長に審査の請求をしたが、同国税局長は昭和二八年二月七日附で審査の請求を棄却し同月一七日原告に通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。

本件課税標準の決定は、実額調査の方法によらずいわゆる権衡調査に基く推算によるものであることは、被告自ら主張するところであるが、原告は、右決定をうけた後正確に記帳された会社の帳簿書類に基き決算書(甲第二号証)を作成して、成規の審査請求をしたのであるから、被告(及び大阪国税局長)は、右決算書の当否を審査して原処分の当否を決すべきであるのに、右決算書を排斥すべき理由がないのに、見込により所得を推算した原処分を推持することは税法上許されないところであつて違法であると主張する。右原告の主張は、会社の帳簿書類の内容が正確でありこれに基いて所得計算すれば実額が判り原処分のような所得はないから、推計認定した原処分は取消さるべきであるという点(この点は後で考えることにする)以外に、審査の請求の際決算書を提出したのであるから、権衡調査により所得を推算した原処分をそのまま維持することは違法であるとの主張をも含むようであるが、本件法人税については、改正法人税法(昭和二五、三、三一法律第七二号)第三一条の三第一項(青色申告の場合)のような規定はないのであり、審査の請求の際提出した決算書等の信憑力を別にすれば、原処分をそのまま維持すること自体は何等違法となるものではない。

そこで次に、権衡調査による本件所得金額の算定が妥当かどうかを検討する。成立に争のない乙第一号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三、同号証の四の一、二に証人伏木勝の証言を総合すれば昭和二三年頃は印刷、製本の用紙は統制下にあつたが、用紙の闇取引が盛に行われていたために、正確な取引帳簿の作成及び正しい所得の申告を期待し難い事情にあつたこと、そのため大阪国税局においては、大阪市内で印刷、製本業を営む法人の昭和二三年度における所得を権衡調査によりは握する必要が生じ、その方法として同業者が保有する外見的観察の容易な物的要素が所得形成に及ぼす効率を比較検討することにより、所得をは握する(効率調査)ための基礎的資料発見のために、昭和二四年五月頃よりその調査に着手し、まず同業者組合である大阪市北区天神橋筋一丁目四六番地所在、大阪府紙二次製品工業会の役員から、右効率調査の参考とすべき事項につき相当詳細にわたつて説明をうけ、乙第一号証の三(組合調査表)に記載の如き資料を得たこと、ついで標準的企業として四法人(平版活版兼業一、平版専業一、活版専業二)を選び、これらを実地調査して実額調査を遂げた結果、乙第一号証の四の一、二記載の如き事実をは握したこと、以上のような調査により得た資料を基礎として検討を加えた結果、大阪市内の印刷、製本業を営む法人に対する効率調査の基礎として、被告が主張する通りの諸標準を設定したこと、そして本件会社を含む大阪市内の同業法人の大部分に対し、右標準に従い効率調査により課税したことを認めることができる。そして右認定の事実に照し前示各証拠を検討すれば大阪国税局において効率調査の基礎として設定した被告主張の諸標準は大体において合理性を認め得るから、その諸標準を効率調査の基礎として、一応所得を推算できるものといわねばならない。

よつて、本件会社に対する所得金額の算定につき考えると、前示証人伏木勝の証言により同人らが右会社に赴いて調査したところによつて作成された書類であること明らかな成立に争のない乙第二号証の二、同証人の証言により所得算定の資料として同会社より提出された書類であることが認められる成立に争のない乙第二号証の三(業態基本調査表)に同証人の証言を総合すれば、本件事業年度における同会社の換算従業員数は二三・七人であり、内活版に従事するもの二一人、平版に従事するもの二・七人、換算機械台数は四・二倍であり、内活版用三・七、平版用〇・五と算定し得ることを認めることができる。従つて、右認定の換算従業員数、機械台数を各標準金額に乗して算出した標準企業の売上高は、

活版分 四、九五六、〇〇〇円

平版分 一、三九八、〇〇〇円

合計  六、三五四、〇〇〇円

となる。(但し右計算は、原処分において活版機械の換算台数三・七を三・一と誤つて計算した数額である。以下同様とする)

次に、前示乙第一号証の二の二、成立に争のない乙第八号証に証人伏木勝、佐藤正、田中藤次の各証言を総合すれば、前認定の通り当時は用紙の統制下にあつたため、配給用紙のみでは出版、印刷事業の経営は困難であり、闇取引により用紙を購入しなければならないのが一般の業界事情であつたこと、これに対比して本件会社は、公益事業を営む日発から専属的に注文を受けて仕事をしていたのであり、その関係から用紙の購入において一般の業者よりは相当有利な地位にあつたこと、従つて企業経営全体からみても、一般より相当有利であつたこと、そして被告は右有利な条件につき、前者を流動指数、後者を無形指数として、法人権衡調査表(乙第一号証の二の二)により権衡調査の上、流動指数を一〇八%、無形指数を一二〇%と定めたものであることを認めるここができるから、前記標準企業としての売上高を右各指数により修正を加えることは妥当である。従つて右修正による推算売上高は、

活版分 六、四二二、九七六円

平版分 一、八一一、八〇八円

合計  八、二三四、七八四円

となる。

次に製本による売上高の推定につき考えるに、前示乙第二号証の三及び本件事業年度末現在の財産目録として審査請求書に添付して提出されたものであること原告において明らかに争わないから自白したものとみなす成立に争のない乙第九号証によれば、本件会社は印刷用機械の外に相当数の製本用機械を保有することが認められ、右製本用機械の印刷用機械に対する数量に証人伏木勝の証言を照し合わせて考えると、印刷による売上高の三割程度の製本による売上高があることを推認することができるから、前記印刷による売上高八、二三四、七八四円の三割に相当する二、四七〇、四三五円を製本による売上高と推算することができる。

そうすれば、被告が調査した際における同会社のその他の情況を考慮して、右各売上高より五%宛差引き、更に日発の専属的な仕事が大部分であることを考慮して標準利益率より低い活版分一一%、平版分一四%、製本分一〇%を適用した利益金額は、

活版分   六七一、二〇〇円

平版分   二四〇、九七〇円

製本号   二三四、六九一円

合計  一、一四六、八六一円

と推算できるものといわねばならない。但し、被告は右計算において三円誤算しているが、これは極く僅かの差異であるばかりでなく、活版分換算機械台数三・七を正しく適用すれば、右合計額を上廻ること明らかであるから、本件所得金額を一、一四六、八六四円とした推算は反証なき限り相当であるというべきである。

原告は、右推算は、出版による損失を無視したものであるから、所得を不当に過大に算定したものであると主張する。そして証人矢倉増造、田中藤次の各証言によれば、本件会社は、昭和二三年八、九月頃より出版をはじめ、まず最初に「小型自動車運転教科書」を発行し、次いで、同年末頃雑誌「陽炎」の出版をはじめたことを認めることができる(証人佐藤正は昭和二二年三、四月頃より既に「小型自動車運転教科書」を出版した旨供述するが、前掲各証人の供述に照し信用することができない)が雑誌「陽炎」に関する限り、その発行時期と成立に争のない乙第五号証を総合すれば、本件事業年度の損益には殆んど関係がないことを認めるに十分である。一方「小型自動車運転教科書」は、単行本として出版されたものであること証人佐藤正の証言により明らかであるが、証人田中藤次の証言に沿つて考えてみても、右単行本五千冊を同人が競落したのは、本件会社が破産の宣告を受けた昭和二五年一月二三日以後のことであるから、右五千冊の単行本は、本件事業年度中においては、未だ出版直後の商品として右会社の資産に計上さるべきものであり、右五千冊分は同年度中の損失とみるわけにはいかない。そして、右のほかに同年度中出版による損失を生じたことを認めるに足る証拠はないから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

更に原告は、決算書(甲第二号証)の損益計算の通り、同年度においては利益がなく、一九、六六四円の損失を生じたとして、その計算の根拠とした会社の帳簿(甲第五号証の一、二)の記載内容は正確且つ真実であり、損益計算における製品売上高七、九九三、八五三円三〇銭は右会社の帳簿の売上金と一致し、右売上金はすべて日発に対するものであるから、右帳簿は日発の受入数とも吻合する筈であり、これ以外の売上はないと主張するが、日発の受入数については何等の立証がないばかりでなく、右甲第五号証の一、二の帳簿をみると一冊の帳簿が「資本金勘定」「法定積立金勘定」「別途積立金勘定」「納税積立金勘定」「預り金勘定」「従業員預り金勘定」「借入金勘定」「前受金勘定」「買掛金勘定」「減価償却引当金勘定」「前期繰越金勘定」「別口繰越金勘定」「設備勘定」「土地勘定」「建物勘定」「機械勘定」「什器勘定」「権利勘定」「敷金勘定」「供託金勘定」「組合出資費勘定」「売上金勘定」「売掛金勘定」「材料勘定」「銀行勘定」「貯金勘定」「仮払金勘定」「現金勘定」「版代勘定」「給料勘定」「工賃勘定」「賞与勘定」「厚生費勘定」「会費勘定」「運賃勘定」「通信費勘定」「荷造費勘定」「修繕費勘定」「営繕費勘定」「消耗品費勘定」「工場消耗品費勘定」「光熱費勘定」「諸税勘定」「広告費勘定」「交際費勘定」「交通費勘定」「保険料勘定」「雑費勘定」「利息支払勘定」「減価償却費勘定」「支払手形勘定」「商品勘定」の五二項目に区分され、各勘定項目ごとに日付を追つてペン書で記載されているが、一貫して叮寧な楷書体に変化なく、同一の筆跡で、インクの色も同じ色調を保つており、各勘定項目と次の勘定項目との間には適当な余白を残している。その記帳内容も、例えば、売上金勘定の次に、わざわざ別に売掛金勘定の項目をたてて記帳してあるが、すべて日発関係の取引であり、その売掛金勘定における売掛金は、すべて売上金勘定における売上金と全く一致していて、売掛金勘定の部では、その間に入金の記載が加わつているだけである。これらの諸点から判断して、右の帳簿は、本件会社において、取引をその都度記帳していつたものではなく、年度の終了後一気に作成清書した帳簿だと考えないわけにはいかない。

この帳簿が大阪国税局長に対する審査の請求に際して提出された甲第二号証の決算書の裏づけとなつているというのであり、本件の訴訟においてまた、証拠として提出されているのであるが、この余りによそよそしい帳簿をもつて、取引をもれなく記帳したものとは直ちに受けとりがたいといわねばならない。この帳簿のほかに、この帳簿の材料となつた別の帳簿なり取引の記録があつたはずだと思われるが、本件の証拠としては提出されていない。従つて原告の主張するように、右甲第五号証の一、二の帳簿があるのだから、そこに記帳された売上高を一応同年度の売上高とみとめるべきである、というわけにはいかない。そして甲第二号証の決算報告書は、右甲第五号証の一、二の帳簿と対比して、この帳簿をもとにして作成したものであることが明らかであり、証拠として、右甲第五号証の一、二に多くを加えるところがない。そうすれば、右甲第二号証第五号証の一、二をもつて、本件会社の所得を算定する根拠となし難いのみならず、上記所得額の推定をくつがえす資料ともなし難い。なお原告は、高利息の借入金三一〇、〇〇〇円、日発からの前受金三、七〇七、六〇七円により漸く営業を継続し、従業員には相当高い給料を支払いながら一箇月七〇〇、〇〇〇円前後の売上高では、被告が認定するような利益を生ずる筈がなく、本件会社が破産した原因の一は、本件事業年度における事業の不振によると主張するが、右認定の通り甲第五号証の一、二の帳簿は事実通り正確に記載したものとは考えられないから、同号証によつては、売上高が原告の主張する金額であることを認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠がなく、右会社の破産した原因が本件事業年度における事業の不振によることを窺い得る証拠もない。そうすれば原告のその他の主張は、さきに認定した所得金額の推算を覆えす理由となり得ないこと、その主張自体明らかであるから、結局本件所得金額の決定はこれを不当ということはできないわけである。

仍つて本件処分の取消を求める原告の請求は理由がないとして、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

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